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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)135号 判決

東京都千代田区神田駿河台四丁目6番地

原告

株式会社日立製作所

代表者代表取締役

金井務

訴訟代理人弁理士

武顕次郎

小林一夫

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

田村敏朗

伊藤三男

及川泰嘉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第18606号事件について、平成4年4月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年2月18日、名称を「交流エレベーターの制御装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和58年特許願第24637号)が、平成2年6月22日に拒絶査定を受けたので、同年10月17日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第18606号事件として審理したうえ、平成4年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月8日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

可変電圧、可変周波数の交流を出力するインバータ装置によって給電される誘導電動機を備え、この電動機で駆動される交流エレベーターにおいて、上記インバータ装置の電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流検出装置と、上記インバータ装置の電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置と、上記エレベーターの速度の異常を検出する異常速度検出装置と、少なくとも上記過電流又は過電圧検出装置または上記異常速度検出装置の動作時に上記インバータ装置を強制的に停止指令するインバータ強制停止装置と、当該停止指令後上記インバータ装置の電源を遮断する接触器とを備えて成る交流エレベーターの制御装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭53-145248号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭58-22271号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)及び特開昭58-22279号公報(以下「引用例3」といい、その発明を「引用例発明3」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例発明1~3及び本願出願前の技術常識(審決書4頁1行~10頁11行)の各認定は認める。

本願発明と引用例発明2の一致点の認定のうち、両発明が「上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器(電磁接触器接点12a~12c)を備えてなる」(同11頁8~10行)点で一致するとの点は争い、その余は認める。本願発明と引用例発明2の相違点についての判断のうち、引用例1に、「上記サイリスタの電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流のリレーと」(同13頁6~8行)、「当該停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cとを備えて成る」(同13頁13~16行)構成が記載されているとする点、及びこれを前提とする判断部分(同13頁17行以下)を争い、その余の引用例1の記載事項及び相違点についての判断部分は認める。

審決は、本願発明と引用例発明2の一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤り(取消事由2)、本願発明の顕著な作用効果を看過し(取消事由3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明2の一致点の認定の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明2の一致点の認定において、両発明が「上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器(電磁接触器接点12a~12c)を備えてなる」(審決書11頁8~10行)点で一致すると認定しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願発明の接触器23は、過電流、過電圧の発生に基づく異常動作時又はエレベータ速度の変動に基づく異常動作時に、その異常を検出することにより得られた制御信号(シーケンスコントローラ22の出力信号)に基づいて遮断されるという動作、機能を有するものである。さらに、本願発明の接触器23は、その遮断動作が行われる前提として、前記異常動作の発生によりまずインバータ装置を強制的に停止させるという技術手段が必要になるものである。

このように、本願発明における「接触器」は、「インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器」であって、実質的には「当該(インバータ装置の)停止指令後上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器」である。

これに対して、引用例発明2の接触器は、電磁接触器接点(12a)~(12c)であるとみられ、その機能、動作については、あくまでも、エレベータ乗りかご(10)の運転起動時に閉成され、エレベータ乗りかご(10)の走行停止時に開放するにすぎないものであって、一応、上記乗りかご(10)の走行停止時においては、その開放によってインバータ装置の電源(RST)を遮断する機能はあるとしても、それは上記乗りかご(10)の正常動作状態における通常の走行停止動作に伴う機能を示すに限られるものであって、本願発明のように、過電流、過電圧又は異常速度の検出時に働くものでないばかりか、その遮断動作が行われる前提となる技術手段も何ら存在しないのである。

このように、前述の電磁接触器接点(12a)~(12c)は、「インバータ装置と電源(RST)間に接続され、エレベータの走行起動時及び走行停止時にそれぞれオンオフされる電磁接触器接点(12a)~(12c)」というべきものであって、決して、「当該(インバータ装置の)停止指令後上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器(電磁接触器接点12a~12c)」ということはできないものである。

2  取消事由2(本願発明と引用例発明2の相違点の判断の誤り)

(1)  引用例発明1の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例発明2の相違点の判断に関して、引用例発明1に、「可変電圧の交流を出力するサイリスタによって給電される誘導電動機6を備え、この電動機で駆動されるエレベータにおいて、上記サイリスタの電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流のリレーと・・・当該停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cとを備えて成るエレベータの制御装置」(審決書13頁4~16行)が記載されていると認定しているが、引用例発明1に、「上記サイリスタの電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流のリレー」が存すると認定した点及び「当該停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cとを備えて成る」構成が存すると認定した点は、以下に述べるとおり、いずれも誤りである。

審決がいうところの「過電流のリレー」は、引用例1の「電動機(6)に過電流が流れたときに開放する過電流リレー」(甲第4号証の1、第3頁左下欄10行)のことと思われるが、引用例1の「起動時に演算増幅器(16)、切換回路(17)、点弧制御回路(18)、(19)等の異常により・・・電動機(6)は拘束状態となって過熱する。このとき過電流リレーが作動して接点(28)が開放する」(同号証3頁左下欄5~11行)との記載からみれば、前記過電流リレーに流れるのは、電動機(6)に流れる電流であって、上記(可変電圧の交流を出力する)サイリスタ(サイリスタ装置11)を流れる電流でないことは明白である。

次に、引用例1の電磁接触器接点(21a)~(21c)、(22a)~(22c)は、一応、「当該(サイリスタ装置の強制的な)停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22c」といえないことはないが、サイリスタ装置(11、13)が強制的に停止指令を受け、それによってサイリスタ装置(11、13)の各サイリスタ素子が消弧されれば、その消弧の段階において誘導電動機(6)とその電源(RST)とは遮断されることになるから、引用例1は、「当該(サイリスタ装置11の強制的な)停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22c」を具備しているものといえず、せいぜい、「当該(サイリスタ装置の強制的な)停止指令後誘導電動機6とサイリスタ装置(11、13)との間を開放して電動機を電源から切り離す電磁接触器接点21a~21c・22a~22c」を有するにすぎないものというべきである。

(2)  引用例発明1の技術的思想を引用例発明2へ適用することの誤り

審決は、「この『制御装置』が、エレベータ制御装置であり且つサイリスタという電気回路装置を装備していることに起因する前記〈5〉及び〈7〉の実際運転上の技術的課題を満足すると共に、電磁接触器接点21a~21c・22a~22cという接点についてその遮断容量低減の要請に対処していることは、明らかであるから、同発明による技術的思想、・・・を、前記〈2〉の発明の電気回路(注・原文の「回」は「回路」の誤記と認める。)装置及び接点・・・に夫々適用することは、当業者ならば誰しも考え付くものである。」(審決書13頁17行~14頁10行)と判断しているが、この判断は、以下に述べるように、具体的な根拠を有しない技術上の要請事項を含めたもの、又は論理の飛躍があるものであり、誤りである。

まず、前記のとおり、引用例1のサイリスタ方式のエレベータ制御装置には、電動機の所定値以上の過電流を検出するリレー及び電動機とサイリスタ間を開放する電磁接触器接点は存在しても、「サイリスタの過電流を検出する装置」、「サイリスタの過電圧を検出する装置」及び「サイリスタの電源を遮断する接点」はいずれも存在しないので、審決が引用例発明2に適用可能であるとした引用例発明1の技術内容の判断に誤りがある。

次に、審決認定の〈5〉の技術常識(審決書9頁11~15行)は、財団法人日本建築センター外1名細集「建築基準法及び同法施行令 昇降機の技術基準の解説(1984年版)」(甲第5号証)83~88頁に示されている内容を述べているものであるが、ここに記載されているエレベータの「安全装置」は、「手動復元式のものでなければならない」もの、すなわち、保守員による安全確認後の手動復帰操作が必要となるものである。これに対し、本願発明における異常速度検出装置は、この「安全装置」を動作させないために、この「安全装置」とは別個に設けられているものであるから、〈5〉の技術常識を適用することは誤りである。

また、サイリスタ方式のエレベータ制御装置において、エレベータの異常時に、初めにサイリスタを消弧して電動機の電源を遮断し、その後に接点を開放する技術手段が、技術常識〈7〉の判断における手段に対応するとすれば、その技術手段は、あくまで電動機に対する安全対策を講じたものであり、サイリスタに対する安全対策を講じたものではない。これに対して、本願発明のインバータ方式のエレベータ制御装置においては、電動機の保護を行うだけではなく、インバータの保護も行うので、本願発明と引用例発明1とは明らかに保護対象を異にしている。

このように、エレベータ制御装置における技術常識〈5〉(周知の調速機の動作態様)や技術常識〈7〉の判断を拠り所にしても、引用例発明2に引用例発明1を適用することはできない。

仮に、引用例発明2に引用例発明1を適用したとしても、インバータ(3)と誘導電動機(4)との間に挿入された接触器接点(13a)~(13c)を開放することになり、本願発明の「停止指令後インバータ装置の電源を遮断する接触器」を得ることはできないものである。

さらに、本願発明は、引用例発明1や引用例発明3のように、電磁接触器接点の遮断容量低減の要請を満たすことを意図するものではなく、引用例1のサイリスタ方式のエレベータ制御装置の異常に基づくサイリスタの強制停止、その後の電磁接触器接点の開放という技術手段を、引用例発明2のインバータ方式のエレベータ制御装置に単に適用することは決してできないものであり、かつ、その適用をすることの必然性も見出しえない。

以上のように、仮に、引用例1の記載内容から前述の技術的思想が抽出できたとしても、引用例発明2は、エレベータ乗りかご(10)の速度が異常になったとき、又は誘導電動機(4)に過電流が流れたとき等の異常動作時における技術手段を示しているものではなく、ましてや、そこに用いられている電磁接触器接点(12a)~(12c)は前記異常動作時に動作するようなものではない。

そして、このように、前記異常動作時における技術手段を何ら示すものでない引用例発明2の一部の接触器接点に、前記異常動作時における手段を示す引用例発明1の技術的思想を適用させる必然性は全くなく、しかも、その場合に、その接続箇所や動作、機能を異にしている引用例発明1の電磁接触器接点(21a)~(21c)、(22a)~(22c)に、引用例発明2の電磁接触器接点(12a)~(12c)を対応させて適用する必然性もないというべきであって、それらの適用可能な理由を何ら述べることなしに、引用例発明1の技術的思想を引用例発明2に適用可能であるとしたのは、論理に相当な飛躍があることは明らかである。

(3)  引用例発明1の引用例発明2への具体的適用形態についての判断の誤り

審決は、「その適用形態を検討すると、前記〈2〉の発明において、装備される電気回路装置がインバータであるから、「過電流リレー」の検出対象を『インバータ』の電流の所定値以上」とすることは当然であり、また、前述したように過電圧対策をも考慮すべきであって例えば前記〈4〉のように電圧異常に対してそれを検出する装置を設けることも常套手段であるので、・・・「インバータの電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置」を設けることも、これ又、当然に採用され得る構成に過ぎない。」(同14頁10行~15頁3行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

まず、引用例発明1には、前述のとおり、電動機の過電流検出装置が存在するだけで、サイリスタ装置の過電流検出装置は存在せず、インバータに過電流検出装置を付加することは当然とはいえない。

また、本願発明におけるインバータ装置の過電圧検出装置は、インバータ装置を停止し、その後にインバータ装置の電源を遮断するためのものであり、一方、常套手段〈4〉は、インバータ装置の出力電圧、電圧波形等の異常を検出する監視装置にすぎないもので、その出力がどのように利用されるかは一切記載されていない。したがって、常套手段〈4〉に基づき、本願発明におけるインバータ装置の過電圧検出装置を設けることは、当然に採用されうることではなく、それに反する審決の判断は誤りである。

なお、技術常識事項〈6〉は、誘導電動機駆動用可変電圧可変周波数インバータにおける単なる技術的な要望事項を述べているにすぎないもので、具体例も過電圧対策しか挙げられておらず、インバータの過電流と過電圧の双方をともに検出する安全対策が技術常識であるとの根拠がないばかりか、そのインバータをエレベータに用いたときの特有な課題の解決の点を何ら示すものではない。

また、技術常識事項〈7〉も、一般的な電気回路装置における異常発生時の実際上の一方策を述べているものであって、前述のように、その一般的な電気回路装置をエレベータに用いたときの特有な課題の解決を何ら示すものではない。

したがって、引用例発明1を引用例発明2に適用するについて、その適用形態が当然に採用されうる構成にすぎないとの判断は誤りである。

3  取消事由3(本願発明の顕著な作用効果の看過)

本願発明は、インバータ装置を用いた制御装置における過速度発生の危険度が高い点に注目してなされたもので、エレベータ乗りかごの速度が異常になって、制御系内に過電流、過電圧が発生する前にインバータ装置を保護するようにし、逆に、インバータ装置に過電流、過電圧が発生してエレベータ乗りかごの速度が異常になるのを予め防止するようにし、もって、過速度発生の危険度が高いインバータ方式のエレベータであっても、前述の状態の発生の機会を減らして乗客の安全を図ることができるという作用効果を奏するものであって、このような作用効果は、サイリスタ装置を用いた制御装置であるところの引用例発明1からは到底予測できるものでなく、しかも、引用例2や引用例3及び参照例1~3(審決書10頁8~11行)にも何らの記載もない。

本願発明は、動作の「異常時にインバータ装置、電動機等の破損、焼損等を未然に防止でき、安全にエレベーターを停止し、再運転をも可能にすることができる」(甲第2号証8欄11~14行、甲第3号証4頁4~6行)との作用効果を奏するものである。

すなわち、本願発明は、再運転可能な、インバータ装置や電動機の保護を目的とし、エレベータ乗りかごの速度の異常をいち早く検出すると、早期保護のために、一旦、エレベータ乗りかごを停止させ、その非常停止の場合において、短時間の間に非常停止したエレベータ乗りかご内の乗客を救出できるとともに、その後に異常がなければ再び運転に復帰できる(再運転可能)という、従来のエレベータにはない作用効果を実現したものである。

このような再運転可能な交流エレベータ制御装置が得られることは、本願発明の要旨とする構成を採用したことによるものであって、この再運転可能な点については、引用例1~3のいずれにも記載がなく、本願発明に特有の作用効果である。

これに対し、引用例発明2は、「かごの起動時にコンデンサへの大きな充電電流が流れるのを防ぐことができ、整流装置を構成する整流素子及び上記コンデンサの損傷を防止すること」(甲第4号証の2、第3頁4~7行)を発明の目的とするものであり、「エレベータ運行中の異常に対する技術手段」とは何らの関係もないものである。

また、これまでの引用例1や前掲「昇降機の技術基準の解説」(甲第5号証)に記載の「安全装置」は、一旦、エレベータ乗りかごが非常停止したときには、保守員が現場に派遣された後、その保守員の手動操作を行って始めて復帰できるものであり、その間乗客はエレベータ乗りかご内に閉じ込められているという弊害があるものである。

さらに、本願発明は、電流、電圧の所定値以上を検出したときに動作する過電流、過電圧検出装置、それに、エレベータの速度の異常を検出する異常速度検出装置を併用配置させているが、これらの装置の併用によっても、前記早期保護の効果をより一層確実なものにするのである。

審決認定の、技術常識〈5〉は、建築基準法施行令に定める「安全装置」の内容に相当する技術事項を述べているにすぎないものである。そして、この技術常識〈5〉は、引用例1の異常検出装置と同様に、「再運転を可能とする安全装置」を開示するものではない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例2に記載された発明における電磁接触器接点(12a)~(12c)は、インバータ装置と電源(RST)間に接続され、エレベータ乗りかご(10)の通常運転時においてではあるが、その開放(オフ)によってインバータ装置と電源(RST)間の接続を絶ち、インバータ装置には電源(RST)からの給電が絶たれるという、「電源(RST)を遮断する」機能があるから、かかる開放(オフ)時の電源遮断動作の機能に注目すれば、「インバータ装置の電源を遮断する接触器」ということができるから、この点で、審決が指摘したとおり、本願発明における「接触器」と一致するものである。

なお、原告が主張する本願発明の接触器の異常運転時の遮断動作については、審決は、「遮断時点について」の相違点として適切に指摘している(審決書11頁20行~12頁3行)から、原告の主張は失当である。

2  取消事由2について

(1)  引用例発明1の認定について

引用例発明1における誘導電動機(6)は、電源(RST)と誘導電動機(6)間に介在するサイリスタ(11、13)によって給電され、これに流れる電流は必ずサイリスタ(11、13)を通流するから、「過電流リレー」の検出対象とする「電動機に流れる電流」は「サイリスタの電流」であって、これを「電動機に流れる電流」というか「サイリスタの電流」というかは、単なる表現上の問題にすぎない。

また、電磁接触器接点(21a~21c、22a~22c)は、電源(RST)と誘導電動機(6)の間に、サイリスタ(11、13)と直列に介在し、誘導電動機(6)とサイリスタ(11、13)との間を開放して誘導電動機(6)を電源(RST)から切り離しでおり、この切り離しにより、たとえサイリスタ(11、13)がオンしていても電源(RST)から給電されることがないから、「誘導電動機(6)の電源を遮断する」機能を有しているということができる。

(2)  引用例発明1の技術的思想を引用例発明2へ適用することについて

まず、引用例発明1の認定に誤りがないことは、上記のとおりである。

次に、審決認定の技術常識〈5〉の実際運転上の技術的課題について述べると、引用例1に記載された発明はエレベータの制御装置であるから、この制御装置は、『エレベータかごの速度が異常に増大したときは、かご駆動用電動機に給電する電気回路装置の種類の如何を問わず、調速機のスイッチを動作させて同電動機への入力を切らなければならない』(審決書9頁11~15行)という実際運転上の技術的課題〈5〉を満足しているという判断を示したものであり、本願発明の「異常速度検出装置」は、「エレベーターの速度の異常を検出する」という機能を有する点で、引用例1に記載された「調速機」と格別相違するものではない。

また、技術常識〈7〉の実際運転上の技術的課題について述べると、引用例1に記載された発明は、サイリスタ(11、13)という電気回路装置を装備しているから、『電気回路諸装置において、その運転中に過電流、過電圧等の電気的異常が発生したとき、その電源を遮断することが簡単且つ安全な実際上の一方策である』(同10頁1~4行)という実際運転上の技術的課題〈7〉を満足しているという判断を示したものであり、本願発明の「過電流検出装置」は「電気的装置の電流の所定値以上を検出したときに動作する」という機能を有する点で、引用例1に記載された「過電流リレー」と格別相違するものではない。

さらに、接触器の遮断容量低減の要請について述べると、本願発明は、接触器により電源を遮断する時点を「電気的装置(インバータ装置)を強制的に停止指令した後」とすることによって、その遮断容量を低減することが期待しうる点で、引用例発明1と格別相違するものではない。

(3)  引用例発明1の引用例発明2への具体的適用形態について

審決の判断(14頁10~15行)は、「電動機に過電流が流れるような異常時に」電動機に流れる電流はインバータ(引用例2)あるいはサイリスタ(引用例1)を通流することを根拠とするものであり、「インバータやサイリスタを構成する素子が電源短絡する動作を呈するような異常時に」インバータやサイリスタを流れる過電流と電動機を流れる過電流は同じであることを説示したものではない。

したがって、引用例発明2に引用例発明1の技術的思想を適用するに際し、検出対象電流を「インバータの電流」とすることは、自ずから導くことができるものである。

また、審決も技術常識〈6〉として認定するように(審決書9頁16~20行)、インバータにおいて、過電流等の異常事態に対して安全対策を講じることは当然であり、過電流検出手段として「過電流リレー」は極めて周知である。

引用例発明2において、インバータ(3)によって給電される誘導電動機(4)に流れる電流は、必ずインバータ(3)を通流するから、「インバータの電流」ということができる。一方、前記のとおり、引用例発明1における「過電流リレー」の検出対象たる「電動機に流れる電流」は「サイリスタの電流」でもある。すなわち、いずれの発明においても、「電気回路装置から給電される誘導電動機」に流れる電流は、電気回路装置の電流ということができるのである。

さらに、技術常識〈6〉のとおり、過電圧が発生する異常事態に対する安全対策を講じておくことも当然であり、例えば、審決認定の〈4〉(審決書8頁15行~9頁3行)のように電圧異常に対してそれを検出する装置を設けることも常套手段であるから、速度異常や過電流だけでなく、インバータの過電圧にも対処する必要のある引用例発明2に、引用例発明1の技術的思想を適用する際に、「異常速度検出装置」や「過電流検出装置」だけでなく、「過電圧検出装置」をも設けることは、自ずから導出しうるものである。そして、かかる導出に関して、引用例2に「過電流検出手段」をインバータに設ける点、そして、引用例1に「過電流検出手段」や「過電圧検出手段」をサイリスタ装置に設ける点の記載があることを要しない。

3  取消事由3について

本願発明における「異常速度検出装置」は、本願発明の要旨に示されているとおり、「エレベータの速度の異常を検出する」機能を持つだけのものであって、「昇降機の技術基準の解説」(甲第5号証)に記載された調速機の「過速スイッチ」と別個に設けられることも、検出すべき「速度の異常」が同「過速スイッチ」が開く速度より低い速度であり同「過速スイッチ」の検出前に動作するものとも規定されていない。

それ故、本願発明の「異常速度検出装置」が、上記調速機、あるいは極限過速度を検出する異常速度検出装置を含まないということはできず、したがって、本願発明がその「異常速度検出装置」の構成から「再運転可能」の効果を奏するものと特定することはできない。

また、本願明細書の発明の詳細な説明欄の記載内容を参照しても、到底、本願発明が「異常速度検出装置」により「再運転可能」の効果を奏すると特定することができない。

さらに、速度異常と電気的な異常が互いに関連しあうことは一般的によく知られているところである(甲第5号証84頁下から2行~85頁1行)。この点、引用例発明1の技術的思想は、「異常速度検出装置(27)」や「過電流検出装置(28)」を含む複数の機械的ないし電気的な異常をそれぞれ検出する複数の異常検出手段(27~31)を設け、少なくともこれら検出手段のいずれかの動作時に強制停止手段(23)が電気回路装置(11、13)の動作を強制的に停止させた後その電源を遮断することにあるから、例えば、互いに関連しあう速度異常と電気的異常が生じたとき、最初に検出された異常により非常停止することにより、互いに関連しあう他の異常が発生するのを未然に防ぐことができ、早期保護を確実にしていることは明らかである。

そして、本願発明には、電気的異常要素に過電圧を付加しているだけで、基本的には、上記技術的思想と格別相違するところがないから、「早期保護確実性」が本願発明に特有の作用効果であるということはできない。

また、電気回路装置がインバータであるが故に、インバータの電気的異常に対処すればインバータ方式のエレベータにおいて安全効果を発揮することは当然であって、インバータであるが故に付加した過電圧対策による効果が期待できることも、当然予測しうるものである。

さらに、「焼損事故発生防止」の作用効果についても、インバータ装置と電源間に接続されている接触器を遮断する主回路構成は、引用例発明2が既に有しており、原告主張の作用効果は、引用例発明2に記載された安全対策を施した場合に期待できる効果にすぎない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例発明2の一致点の認定の誤り)について

原告は、引用例発明2の接触器について、「一応」ではあるが、乗りかごの走行停止時においてはその開放によってインバータ装置の電源(RST)を遮断する機能はあるとしながら、それは、「乗りかごの正常動作状態における通常の走行停止動作に伴う機能を示すに限られる」ものであり、「エレベータの走行起動時及び走行停止時にそれぞれオンオフされる電磁接触器接点」というべきものであると主張する。

しかし、接触器の異常運転時の遮断動作については、審決が、本願発明と引用例発明2との相違点として、前者が「接触器がインバータ装置の電源を遮断する時点を『当該停止指令後』と限定するのに対して、後者が、このような・・・限定を有しない点」(審決書11頁20行~12頁3行)と正しく認定しているのであって、審決が両発明の一致点として認定したのは、「上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器(電磁接触器接点12a~12c)を備えてなる」点だけであるから、この点の認定に誤りはなく、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2(本願発明と引用例発明2の相違点の判断の誤り)について

(1)  引用例発明2の「制御装置」は、「エレベータ制御装置でありしかもインバータという電気回路装置を装備しているから、審決認定の技術常識〈5〉乃至〈7〉(注・審決書9頁11行~10頁4行)の事項から明らかなように、運転中に生じるエレベータかごの速度の異常な増大やインバータの過電流と過電圧という異常事態に対して、誘導電動機4への入力を切ったりインバータ3の電源を遮断する等の安全対策を講じておくことは、実際運転上常に考慮しなければならない課題であり、また、前記〈3〉の事項(注・同7頁19行~8頁14行)から、インバータ3の電源を遮断しひいては誘導電動機4への入力を切る電磁接触器接点12a~12cにはその遮断容量をできるだけ低減させるべきであるという要請が常に課せられているということができる」(同12頁8行~13頁1行)ことは、当事者間に争いがない。

原告は、審決が、引用例発明1に、「上記サイリスタの電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流のリレー」が存すると認定した点及び「当該停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cとを備えて成る」構成が存すると認定した点は、いずれも誤りであると主張する。

しかし、引用例発明1における誘導電動機(6)は、電源(RST)と誘導電動機(6)間に介在するサイリスタ(11、13)によって給電され、これに流れる電流は必ずサイリスタ(11、13)を通流するものであり、また、サイリスタ制御においては、インバータ制御とは異なり、サイリスタ素子が損傷したような異常時にも、依然として、サイリスタに流れる電流は、電動機に流れる電流に等しく、一般的には、サイリスタを流れる過電流と電動機を流れる過電流は同じであるということができるから、引用例1には、技術思想として、このような過電流を検出したとき動作する過電流リレーが記載されていると認められ、そのように認定した審決に誤りがあるということはできない。

いずれにしても、「インバータ電流の所定値以上を検出し、それに対する安全対策を講じること」が、それ自体は原告も認める技術常識〈6〉である以上、引用例発明1において検出している電流を、「サイリスタに流れる電流」というか、あるいは「誘導電動機に流れる電流」というべきかは、本願発明の進歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではない。

次に、接触器に関して、原告も、引用例1には、「一応」ではあるが、「当該(サイリスタ装置の強制的な)停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22c」が記載されていることを認めるところであり、また、電磁接触器接点(21a~21c、22a~22c)は、電源(RST)と誘導電動機(6)の間に、サイリスタ(11、13)と直列に介在し、誘導電動機(6)とサイリスタ(11、13)との間を開放して誘導電動機(6)を電源(RST)から切り離しており、この切り離しにより、たとえサイリスタ(11、13)がオンしていても、電源(RST)から給電されることはないのであるから、この状態を「電源遮断」に当たるとみることに何らの差し支えはない。

(2)  原告は、引用例発明1を引用例発明2へ適用することはできない理由を種々主張するが、以下に述べるとおり、いずれも失当である。

まず、引用例発明1に関して、「過電流リレー」及び「電磁接触器接点」に関する原告の主張が理由がないことは上記のとおりである。

過電圧検出手段を設けることについては、審決認定のとおり、過電圧等の異常事態に対して安全対策を講じておくことは、実際運転上常に考慮しなければならない課題であり(技術常識事項〈6〉)、また、電圧異常に対してそれを検出する装置を設けることも常套手段であること(引用例3の事項〈4〉)から、引用例発明2においても、異常検出手段(29~31)に代えて又はこの異常検出手段と同列的に付加し、このような過電圧対策として過電圧検出装置を設けることは、当然採用されうる構成にすぎないというべきである。

これに対し、原告は、常套手段(引用例3の事項〈4〉)は、インバータ装置の出力電圧、電圧波形等の異常を検出すう監視装置にすぎないもので、その出力がどのように利用されるかは一切記載されていないと主張する。

しかし、エレベータの制御装置において、異常の検出は、それに対する対策手段のために利用するのが通常であるから、出力がどのように利用されるか一切記載されていないという形式的なことのみで、審決を論難するのは失当である。

また、原告は、引用例発明2に引用例発明1を適用したとしても、その結果は、インバータ(3)と誘導電動機(4)との間に挿入された接触器接点(13a)~(13c)を開放することになり、本願発明の「停止指令後インバータ装置の電源を遮断する接触器」を得ることはできないと主張する。

確かに、引用例発明1においては、接触器接点はサイリスタと電動機の間にあり、また、引用例発明2においては、接触器接点はインバータと電動機の間と、インバータの電源側に2か所にあるが、昭和57年7月25日発行の「ニュードライブエレクトロニクス」(乙第10号証)に示すとおり、インバータ装置に過電流又は過電圧が加わった場合、インバータ装置の保護のために直ちにこれを停止することは、インバータ装置に関する周知の技術であり、また、インバータ装置を停止する前にインバータの電源を遮断すれば、エネルギーの行き場がなくなり、瞬時に過電圧となってインバータ装置が破損してしまうおそれがあるということは、当業者の技術常識に属することと認められるから、審決が引用例発明1における電気回路装置の強制停止指令及びこの停止指令後の接点の遮断による電源遮断の態様を、引用例発明2におけるインバータ(及びコンバータ)の電源側にある接点(12a)~(12c)に適用することは、当業者に容易であるとしたことに誤りはない。

そして、この適用の結果は、電源側の接点をインバータ停止指令後に遮断することになることは明らかであって、原告の上記主張は失当である。

(3)  要するに、本願発明は、その要旨に示されたとおり、「可変電圧、可変周波数の交流を出力するインバータ装置によって給電される誘導電動機を備え、この電動機で駆動される交流エレベーター」の「制御装置」に係る発明であるが、その制御の手段として規定するところは、「上記インバータ装置の電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流検出装置」と、「上記インバータ装置の電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置」と、「上記エレベーターの速度の異常を検出する異常速度検出装置」という、上記インバータ制御方式のエレベータの運転に当たっての異常事態と通常想定できる過電流、過電圧及び異常速度の検出装置を備えること、そして、「少なくとも上記過電流又は過電圧検出装置または上記異常速度検出装置の動作時に」、すなわち、これらの検出装置により上記いずれかの異常事態が検出された場合には、「上記インバータ装置を強制的に停止指令するインバータ強制停止装置」と、「当該停止指令後上記インバータ装置の電源を遮断する接触器」によって、インバータを強制停止させ、その後に、インバータ装置の電源を遮断するというものであり、これら各検出装置及びインバータ強制停止装置について何ら具体的な構成を開示するものではなく、特開昭52-51549号公報(乙第11号証)、実開昭56-7493号公報(乙第12号証の1)、特開昭57-162991号公報(乙第13号証)にみられるように、インバータの制御装置としては、それ自体極めて普通のものと認められる手段を単に抽象的に規定したものにすぎないものであり、また、電源遮断に際して、インバータの電源の遮断よりも先に、インバータ装置を停止する必要があることも、上記のとおり、当業者が周知の技術及び技術常識に基づき、当然に採用できる手段であると認められる。

したがって、本願発明は、引用例発明2に、エレベータの安全制御装置として、これら公知及び周知の手段を付加したものにすぎず、これをもって、進歩性のある発明とは到底認められない。

その余の原告の主張が採用できないことは、上記説示に照らし明らかである。

取消事由2も理由がない。

3  取消事由3(本願発明の顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願発明は、インバータ装置を用いた制御装置における過速度発生の危険度が高い点に注目してなされたもので、インバータ装置や電動機の保護及び乗客の安全の確保を目的とするものであって、エレベータ乗りかごの速度の異常をいち早く検出し、早期保護のために、一旦、エレベータ乗りかごを停止させ、その非常停止の場合において、短時間の間に非常停止したエレベータ乗りかご内の乗客を救出できるとともに、その後に異常がなければ再び運転に復帰できる(再運転可能)という、従来のエレベータにはない作用効果を実現したものであり、他方、引用例1においては、異常速度検出装置に「調速機」なる用語が用いられていることからして、建築基準法施行令第129条の9に規定された速度異常が検出された場合のことを開示しており、「再運転可能」ではないと主張する。

なるほど、同条の9に規定されているのは、異常速度のうち一定限度の速度を超えた場合に関する非常停止に関するもので、その場合には、手動復元式ブレーキを作動させたり、あるいは、機械的にガイドレールを挟んで乗りかごを停止させることを要し、その際、保守員の操作がなければ再運転できないということになる。

しかし、本願発明における「異常速度検出装置」は、本願発明の要旨に示されるとおり、「エレベータの速度の異常を検出する」機能をもつだけのものとして規定されており、それが、「昇降機の技術基準の解説」(甲第5号証)に記載された調速機の「過速スイッチ」(同号証85頁)と別個に設けられるとも、検出すべき「速度の異常」が同「過速スイッチ」が開く速度より低い速度であり同「過速スイッチ」の検出前に動作するものとも規定されていない。

したがって、「再運転可能」の意義を原告の上記主張のように限定して解することはできず、本願発明の「異常速度検出装置」が、上記調速機、あるいは極限過速度を検出する異常速度検出装置を含まないということはできず、本願発明がその「異常速度検出装置」の構成から原告主張の「再運転可能」の効果を奏するものと特定することはできない。

また、原告主張の「安全性」及び「早期保護確実性」についても、前示のとおり、インバータ制御のエレベータ制御装置における解決すべき課題自体は当業者に知られており、かつ、その課題の解決策は、引用例1に記載され、あるいは、審決が技術常識として認定したような、当然に考慮すべき速度異常及び電気的異常に対する安全対策を備えることによってもたらされるものであるから、乗客の安全を図り、再運転可能な早期保護をより確実にするという作用効果は、予測された範囲内のものといえる。

さらに、原告主張の「焼損事故防止」に係る作用効果も、引用例発明2に安全対策を施した場合に期待できる効果にすぎないというべきである。

取消事由3も理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官押切瞳は転補のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成2年審判第18606号

審決

東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地

請求人 株式会社日立製作所

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 武顕次郎

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 徳永勉

昭和58年特許願第24637号「交流エレベーターの制御装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年11月10日出願公告、特公昭62-53435)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本願手続の経緯

本件審判の請求に係る特許願(以下、「本願」という。)は、昭和58年2月18日の出願であって、原審において出願公告がなされたところ、特許異議の申立があり(異議申立人 三菱電機株式会社)、その特許異議の決定に記載した理由によって拒絶をすべき旨の査定がなされたものである。

Ⅱ.本願発明の要旨

本願発明の要旨は、平成2年11月15日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の欄第1項に記載されたとおりの次のものにあると認める:

「可変電圧、可変周波数の交流を出力するインバータ装置によって給電される誘導電動機を備え、この電動機で駆動される交流エレベーターにおいて、上記インバータ装置の電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流検出装置と、上記インバータ装置の電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置と、上記エレベーターの速度の異常を検出する異常速度検出装置と、少なくとも上記過電流又は過電圧検出装置または上記異常速度検出装置の動作時に上記インバータ装置を強制的に停止指令するインバータ強制停止装置と、当該停止指令後上記インバータ装置の電源を遮断する接触器とを備えて成る交流エレベーターの制御装置」。

Ⅲ.原査定の拒絶理由

原査定において本願の拒絶理由となった前記特許異議決定の理由は、要するに、本願発明は、異議申立人が甲第1号証刊行物乃至甲第3号証刊行物として夫々提示した特開昭53-145248号公報、特開昭58-22271号公報、及び、特開昭58-22279号公報に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

Ⅳ.各引用刊行物に記載された発明及び本願出願前の技術常識

(1)甲第1号証刊行物に記載された発明

本願出願前に頒布されたことが明らかな甲第1号証刊行物(特開昭53-145248号公報)には、要するに、次の〈1〉のとおりの発明が記載されている:

〈1〉「電源RSTからサイリスタ(サイリスタとダイオードの逆並列回路を三相に挿入した力行用サイリスタ装置11及びサイリスタとダイオードに直列制動を行う制動用サイリスタ装置13、或いは、三相または二相に逆導通サイリスタまたはサイリスタ逆並列回路を挿入したものなど)及び電磁接触器接点21a~21C・22a~22cを介して給電される誘導電動機を備え、誘導電動機6にてかご1を駆動するエレベータにおいて、エレベータに異常を生じたとき、誘導電動機6を速度制御するサイリスタを消弧した後、誘導電動機6を電源に接続する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cを開放して誘導電動機6を電源から切り離し、電磁接触器接点21a~21c・22a~22cが誘導電動機6に流れる大電流を遮断することがないようその遮断責務を軽減するように安全対策を施した制御装置を提供するものであって、

かご1が加速度になったとき開放する調速機接点27と、誘導電動機6に過電流が流れたとき過電流リレーが作動することにより開放する過電流リレー接点28と、サイリスタに対する制御系(速度計用発電機14、速度指令発生装置15、演算増幅器16、切換回路17、カ行側及び制動側点弧制御回路18、19等)またはかご1の動きに異常が発生したとき異常検出装置がこの異常状態を検出して動作することにより開放する異常検出装置出力接点29と、かご1が最上階、最下階を行過ぎたとき夫々開放する行過ぎ制限スイッチ30、31と、前記各接点27~31の少なくとも何れか一つが開放したときサイリスタの点弧を阻止する点弧阻止装置(前記各接点27~31の何れかの開放により消勢する異常検出リレー23及びこの消勢により閉成してサイリスタのゲート端子とカソード端子を短絡する異常検検出リレー常閉接点23a~23e)と、点弧阻止装置の動作によりサイリスタを消弧して誘導電動機6への給電が断たれた後電磁接触器接点21a~21c、22a~22c、を開放する停止回路(異常検出リレー23の前記消勢にて異常検出リレー常開接点が開放することにより若干の時間遅れをもって復帰する限時復帰形時限リレー24及びこの復帰にて限時復帰形時限リレー接点24aが開放することにより消勢する上昇用または下降用の電磁接触器21、22)とを備えてなるエレベータの制御装置」。

(2)甲第2号証刊行物に記載された発明

同じく甲第2号証刊行物(特開昭58-22271号公報)には、「従来の交流エレベータの制御装置」として、要するに、次の〈2〉のとおりの発明が記載されている:

〈2〉「電源RSTから電磁接触器接点12a~12c、サイリスタ1a~1fによって三相全波整流回路が構成され交流を直流に整流する整流装置1、整流装置1の直流出力を平滑にするコンデンサ2、及び、各アームがサイリスタ等の制御素子で構成され直流を可変電圧可変周波数の交流に変換するインバータ3を介して駆動される誘導電動機4を備え、誘導電動機4にてかご10を運転する交流エレベータの制御装置。」

(3)甲第3号証刊行物に記載された発明

同じく甲第3号証刊行物(特開昭58-22279号公報)には、要するに、前記〈2〉とほぼ同様の次の〈2〉’のとおりの発明と共に、次の〈3〉及び〈4〉のとおりの技術的事項が記載されている:

〈2〉’「電源RSTから電磁接触器接点15a~15c、整流器1、整流器1の出力線間に接続されたコンデンサ16、及び、各アームがサイリスタ等の制御素子で構成され直流を可変電圧可変周波数の交流に変換するインバータ2を介して駆動される誘導電動機3を備え、誘導電動機3にてかご9を運転する交流エレベータの制御装置」(第2、3図を参照)、

〈3〉「電源RST-整流器1・可変電圧可変周波数インバータ2-かご駆動用誘導電動機3の回路に電磁接触器接点を介挿するものにおいては、電磁接触器接点の遮断容量を低減させる方策を採るべきであること」(尚、具体的方策について言及すると、第2頁上右欄4行~下左欄5行及び第3頁上左欄6~10行のように、第1図に示されるインバータ2-誘導電動機3間に介挿した電磁接触器接点11a~11cにて停止階直前の低周波電流を遮断するよりも、〈2〉’の如く電磁接触器接点15a~15cにて商用周波電流を遮断する方が接点の遮断容量が小さくすることができるとし、第3頁上右欄6~13行のように、電磁接触器接点17a~17cを流れる電流が十分減衰した後この接点を開放すると接点の遮断容量が小さくてすむとしている。)、

〈4〉「〈2〉’の『制御装置』において、インバータ2の出力電圧、電圧波形等のインバータ出力異常を検出する監視装置を設け、監視装置21による異常検出機能を制御に反映すること」(第3図を参照。尚、異常検出機能の制御への具体的反映について言及すると、第3頁上右欄1~6行のように、インバータ出力異常の不在を条件に電磁接触器接点17a~17cを閉成してインバータ2による誘導電動機3の駆動を許可している。)。

(4)エレベータ及び電気回路装置における技術常識

エレベータ及び電気回路装置の異常やその安全対策に関して、次の〈5〉乃至〈7〉の事項は、何れも、引用例を揚げる迄もなく、実際運転上常時考慮しておくべき技術的課題として本願出願前一般的によく知られた常識的事項であると認められる:

〈5〉「エレベータ制御装置において、エレベータかごの速度が異常に増大したときは、かご駆動用電動機に給電する電気回路装置の種類の如何を問わず、調速機のスイッチを動作させて同電動機への入力を切らなければならないこと」、

〈6〉「誘導電動機駆動用可変電圧可変周波数インバータにおいて、その運転中に過電流が流れたり過電圧が発生する等の電気的異常事態が生じることがあり、実際の運転に際しては、この異常事態に対する安全対策を講じておくこと」、

〈7〉「電気回路諸装置において、その運転中に過電流、過電圧等の電気的異常が発生したとき、その電源を遮断することが簡単且つ安全な実際上の一方策であること」。

〔尚、上記〈6〉及び〈7〉に関し、誘導電動機駆動用可変電圧可変周波数インバータの過電圧対策として、特にその電源を遮断するものについては、必要ならば、例えば、特開昭50-90918号公報(第1頁下右欄15~末行)、特開昭57-145597号公報(第1図)、実開昭57-186190号公報(第3図)等を参照。〕

Ⅴ.本願発明と刊行物記載発明の対比及びその相違点についての判断

(1)両発明の対比

本願発明に対して、甲第2号証刊行物に記載された前記〈2〉の発明は、エレベータかご駆動用誘導電動機への給電にインバータを用い「交流エレベータの制御装置」と題される点で共通する各刊行物中の第1提示順位のものであるので、この発明を比較の対象とする。そして、両者を対比すると(尚、対比に当り、同等の技術内容は前者の表現を採用し、主たる構成要素については後者の表現又は参照番号括弧書きでを付記する。)、

両者共に、「可変電圧、可変周波数の交流を出力するインバータ装置(インバータ3)によって給電される誘導電動機(4)を備え、この電動機で駆動される交流エレベーター(交流エレベータ)において、上記インバータ装置の電源(RST)を遮断する接触器(電磁接触器接点12a~12c)を備えてなる交流エレベーターの制御装置」である点で一致するものの、

前者が、更に、「上記インバータ装置の電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流検出装置と、上記インバータ装置の電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置と、上記エレベーターの速度の異常を検出する異常速度検出装置と、少なくとも上記過電流又は過電圧検出装置または上記異常速度検出装置の動作時に上記インバータ装置を強制的に停止指令するインバータ強制停止装置と」を備えことを付加すると共に、接触器がインバータ装置の電源を遮断する時点を「当該停止指令後」と限定するのに対して、後者が、このような付加乃至限定を有しない点

で相違するものと認められる。

(2)相違点についての判断

本願発明と甲第2号証刊行物に記載された前記〈2〉の発明との間の前記相違点について検討する。

先ず、前記〈2〉の「制御装置」は、エレベータ制御装置でありしかもインバータという電気回路装置を装備しているから、前者〈5〉乃至〈7〉の事項から明らかなように、運転中に生じるエレベータかごの速度の異常な増大やインバータの過電流と過電圧という異常事態に対して、誘導電動機4への入力を切ったりインバータ3の電源を遮断する等の安全対策を講じておくことは、実際運転上常に考慮しなければならない課題であり、また、前記〈3〉の事項から、インバータ3の電源を遮断しひいては誘導電動機4への入力を切る電磁接触器接点12a~12cにはその遮断容量をできるだけ低減させるべきであるという要請が常に課せられているということができる。

これに対して、甲第1号証刊行物には、前記〈1〉の発明、つまり、端的に云えば、

「可変電圧の交流を出力するサイリスタによって給電される誘導電動機6を備え、この電動機で駆動されるエレベータにおいて、上記サイリスタの電流の所定値以上を検出したとき動作する過電流のリレーと、上記エレベータの速度の異常を検出する調速機と、他の異なる異常を夫々検出する複数の異常検出手段(29~31)と、少なくとも上記過電流リレー、上記調速機または上記何れかの異常検出手段の動作時に上記サイリスタを強制的に停止指令する異常検出リレー23と、当該停止指令後誘導電動機6の電源を遮断する電磁接触器接点21a~21c・22a~22cとを備えて成るエレベータの制御装置」

が記載されており、この「制御装置」が、エレベータ制御装置であり且つサイリスタという電気回路装置を装備していることに基因する前記〈5〉及び〈7〉の実際運転上の技術的課題を満足すると共に、電磁接触器接点21a~21c・22a~22cという接点についてその遮断容量低減の要請に対処していることは、明らかであるから、同発明による技術的思想、即ち、複数の異常(27~31)のうち最も早い検出に基づく電気回路装置(サイリスタ)の強制停止指令及び当該停止指令後の接点の遮断態様を、前記〈2〉の発明の電気回装置及び接点であるインバータ3及び電磁接触器接点12a~12cに夫々適用することは、当業者ならば誰しも考え付くものである。そこで、その適用形態を検討すると、前記〈2〉の発明において、装備される電気回路装置がインバータであるから、「過電流リレー」の検出対象を『インバータ』の電流の所定値以上」とすることは当然であり、また、前述したように過電圧対策をも考慮すべきであって例えば前記〈4〉のように電圧異常に対してそれを検出する装置を設けることも常套手段であるので、他の異なる異常を検出する異常検出手段(29~31)に代えて又はこの異常検出手段と同列的に付加して「インバータの電圧の所定値以上を検出したとき動作する過電圧検出装置」を設けることも、これ又、当然に採用され得る構成に過ぎない。

結局、前記相違点の構成は、前記〈2〉の発明において、前述の常時考慮すべき課題及び要請に対応すべく、前記〈1〉の発明を適用することにより、当業者が容易に想到し得たものと云わざるを得ない。

Ⅳ.結び

以上のとおりであるから、本願発明は、甲第1号証刊行物乃至甲第3号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

従って、本願は、原査定と同旨で拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年4月30日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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